今月の言葉(掲示伝導)

「「憧れを」大事にして」

 恥ずかしながら学生時代宗教って何だろうと思っていました。そのように自分の中ではっきりしないままお寺を手伝っている事、次の住職として檀家の皆様にかわいがって頂いている事に疑問さえ持っておりました。寺に生まれたのが自分でなければ皆さんのために良かったのにと思っておりました。そんな時ある牧師さんのお話を聞く機会がありました。

 その牧師さんはヨーロッパから日本に来て布教を行っている方でしたが日本で一番不思議なのは神の奇跡がなければ何故信じられないのだろうと言うことでした。聖書のお話をさせていただくと皆様その通りだと納得される。良いことだと思う、しかし自分は神が自分に奇跡をもたらすわけではないので信じられないし、実践できないと答える。良いと思っても自分に利がなければ信仰しないと答える。だけれども日本人はひとに親切に接している。他者への愛を実践しながらその元となる神は拒否するのがよく分からないとのお話でした。その時別の先生が宗教とは聖なる価値観への憧れ、こうあって欲しいなという事を信じることなんですけど、宗教という言葉への拒絶が強いですよねとお話をまとめられました。その時私はそういうことかと不意に納得できました。その価値観が良いと思い、そうあって欲しいと信じていくことが「信じる」と言うことなのだと言うことが腑に落ちたのです。

 浄土宗の教えでは亡くなりますと西方にある極楽浄土に行き、阿弥陀様のご指導を頂きながら悟りへの修行を重ねて行くこととなります。皆がその世界で再会することが出来ます。私自身もいずれまた再会を期することが出来るという価値観に強い憧れを持ちます。これからもその憧れを力にして、阿弥陀様を信じていきながら「南無阿弥陀仏」とお唱えしていきたいとおもいます。

 

中郡組霊山寺 鷲見宗信