今週の言葉 (掲示伝導)

『無漏と有漏』

「毒」という言葉を私たちは日常で使うことはほとんどないが、時折ニュースを通じて人が人を殺めてしまうような事件を聞くとき、この「毒」という言葉を耳にする。

 仏教に於いても、「毒」と言うと、三毒煩悩という「貪・瞋・痴」というのがその代名詞であろう。毒=煩悩である。この煩悩というのがこの自分自身を苦しめる。してはならないのについしてしまう。しなくてはならないのに怠ってしまう。世の常である。煩悩とは、「目鼻のあるが如し」とも法然上人はおっしゃった程である。この煩悩を『漏()』とも言い換える事ができる。

 この『漏()』という言葉も、煩悩という言葉よりも耳にすることは少ないが、ただ目的もなく歩む人を「うろうろする」と言うが、この「うろ」とは漢字では「有漏」、つまり、漏=煩悩が有るということであろう。煩悩が有るのを『有漏』というのであるなら、煩悩が無い事を『無漏』と言うのである。

 この先、自分自身の行く末をしっかりと見つめながら、目的をしっかりと持ち、「うろうろ」しない歩み方をしなくてはならない。