「第7回精進道場」
火曜日, 2月 21st, 2012 Posted in 事業報告 | コメントは受け付けていません。平成24年2月20日(月)、大本山・光明寺に於いて「第7回精進道場・法式」~発声法並びに基本動作について~と題して、1級法式教師・小田原組無量寺・小島伸方先生をお招きし、ご講義と実践をご教授いただきました。
前半は、発声法ということで「称讃偈」のお唱えを通じて、声の出し方を基本からご教授いただきました。お経の基礎となる発声法を一人一人丁寧にご指摘頂き、普段は声をきちんと出しているつもりでも実は出せていなかったことをあらためて自覚し、日々の修練が必要だと思いました。
そして、後半は実践形式で日常勤行を行いながらの基本動作のご教授を頂きました。
自己流になりがちで普段は気が付くことのない、大勢の式衆と動きを合わせることや礼讃での行道における動き等を細かくご指導頂き、本当に今日からでも実践することが出来る基本をご教授いただきました。
私自身は、実践のときには維那をやらせていただきましたが、全体の動きやどのように発声すればよいのかや犍稚法等をあらためて見直すことが出来て、本当にとても良い研修となりました。
私たち僧侶にとって、まず第一である発声法と基本となる所作を基礎からご教授いただけたことにより、自坊での法要や勤行に活かすことが出来る「精進道場」となりました。
神浄青事務局 石川仁恵
「鎌倉組浄土宗青年会 研修旅行」
土曜日, 2月 18th, 2012 Posted in 会長日記 | コメントは受け付けていません。去る1月30日(月)~31日(火)、所属する鎌倉組浄土宗青年会の研修旅行に参加しました。総勢10名で三河・尾張の浄土宗寺院を参拝いたしました。
当日は天候に恵まれ、新横浜から新幹線、JR東海道線、第三セクター鉄道を乗り継ぎ、3時間ほどかけて午後1時、最初の参拝先である岡崎大樹寺に到着しました。
大樹寺は文明七年(1475年)創建、松平家・徳川家の菩提寺です。
風格のある山門です。寛永十八年(1641年)、三代将軍家光によって建立されました。
現在の本堂は安政四年(1857年)の再建です。間口15間、奥行13間の大きな本堂ですが、安政二年に焼失した元の本堂はもっと大きかったそうです。
徳川家康の座右の銘「厭離穢土 欣求浄土」が本堂内に掲げられています。
桶狭間の合戦に敗れた家康(当時は松平元康)は、菩提寺である大樹寺に逃げ込み自害しようとしましたが、当時の住職登譽上人はこの経文で、「戦国乱世を住みよい浄土にするのがあなたの役目です」とさとし、思いとどまらせました。家康はこの八文字を旗印に掲げ、終生座右の銘としたそうです。
奥には、松平八代の位牌、等身大といわれる徳川歴代将軍の位牌をはじめ、さまざまな宝物が収められています。
向こうに見える門は大樹寺の総門ですが、(現在は大樹寺小学校南門)その中に岡崎城の天守閣が見えます。三代将軍家光が山門から岡崎城を望めるよう伽藍を配置したそうです。以来この眺望を遮る建物は建てられていないそうで、岡崎市民の歴史を尊重する思いがうかがえます。
続いて参拝したのは「荒井山さん」と呼ばれている九品院です。大樹寺から10分ほど歩いたところでした。
文政年間(1818~1830)に、一生横になって寝ることのなかった念仏行者・徳本上人(とくほんしょうにん)の弟子、徳住上人(とくじゅうしょうにん)が創建しました。
簡素な門です。 九品院は、俗世を離れ、法然上人の専修念仏を身をもって実践し勧めていこうとした「捨世派(しゃせいは)」の流れを受け継いでいます。今日もなお肉食妻帯無用、質素をモットーにしています。
神奈川教区からも多くの僧侶がここ荒井山で修行して、神奈川に戻って活躍しています。
境内はこぢんまりとしていますが、すみずみまで掃除と手入れがされています。お迎えくださったご住職が、「うちは一に掃除、二に掃除」とおっしゃっていました。
ご住職からさまざなお話を頂戴しましたが、その中で「我々が行をする姿をお見せすることが教化に必要だと思う」という言葉が特に心に残っています。
二日目は名古屋市東区にある建中寺を参拝しました。
慶安三年(1650年)、尾張徳川家第二代徳川光友が創建し、現在に至るまで尾張徳川家の菩提寺をつとめています。
境内の広さは約五万坪(165,000㎡)、境内には幼稚園と浄土宗門の学校である東海学園があります。
本堂です。間口28メートル、奥行25メートル、建坪210坪(700㎡)と名古屋市内の木造の本堂としては最大だそうです。
経蔵です。十三宗の開祖の木像を周囲に、中央の塔に一切経五千八百巻が収められています。塔は回転式になっており、回せば一切経を全て読んだと同じ智慧が得られるそうです。皆で回させていただきました。
建中寺の本堂前で記念写真を撮りました。そのあと熱田神宮を参拝し、名古屋城を見学して帰路につきました。
この研修旅行を通じて、見識を高めることができたのはもちろん、同じ組の気の置けない仲間ととあらためて親睦を深め、気持ちもリフレッシュすることができました。
神浄青第20期会長 當間伸行
「全浄第37回総合研修会」
木曜日, 2月 16th, 2012 Posted in 事業報告 | コメントは受け付けていません。平成24年2月9日(木)~10日(金)、総本山知恩院にて、全国浄土宗青年会第37回総合研修会(旧・代表者研修会)が開催されました。全国から浄青会員約250名が参加登録し、神奈川からも8名が登録しました。
八百年大遠忌法要も昨年無事円成し、当時の賑わいはもうありませんでした。三門附近も人影はまばらでした。
御影堂は平成33年まで大修築に入っており、仮囲いでおおわれていました。ご本尊の法然上人御影も、裏手の「集会堂(しゅうえどう)」を「御堂(みどう)」と改称して、そこへ遷座されています。
御影堂以外にもあちこちで工事が行われていました。
研修会場の「雪香殿せっこうでん)」です。広い座敷にたくさんの机が並べられ壮観です。
御堂での開白法要のあと、雪香殿で開会行事となりました。
蓮池全浄副理事長による開会宣言に続き、貴田全浄理事長の挨拶です。
来賓の豊岡総長と知恩院執事の前田上人からは、浄土宗青年会への大きな期待がこもったご祝辞をいただきました。
研修①は薬物依存者の回復を支援するNPO法人「京都DARK」施設長の加藤武士先生による「再乱用防止への取り組み-ダルクの実践-」でした。
自らの薬物依存症体験を語られながら、薬物依存症の実態、依存者の想い、依存者への理解と回復への支援を訴えられました。
研修②は神奈川教区の林田康順先生による「極楽浄土の救い-浄土十楽を中心に-」でした。法然上人が説かれた阿弥陀仏の極楽浄土のすばらしさ「浄土十楽」をひとつづつ解説され、東日本大震災で多くの命が失われた今こそ、極楽浄土でいつかは皆が再会できるという極楽浄土のありがたさについて説いていくべきとお話しされました。
林田先生のご講義はいつ拝聴しても明快で、よどむところや曖昧なところがなく、聴いている者をひきつけ、時間の経つのがとても早い気がします。30ページ近い資料をあますことなく説明されました。
二日目の研修③は、三河教区の天野信浩先生による「『法然上人行状絵図(勅修御伝)』にみる法然上人の時代」の講義でした。全浄が800年大遠忌を記念して出版した『法然上人行状絵図』をテキストに、法然上人のお伝記を読んで正しく法然上人のみ教えを理解するためには、その時代背景をよく識っておかならない、とお話しされました。
研修会の二日目には参加者がまばらになってしまっている状況をよく眼にしますが、この研修会は前日の八割くらいの参加者があり、意識の高さがうかがえます。
研修⑤は史学博士の井原今朝男先生による「法然の戒称二門について」でした。
法然上人はお念仏以外の行を全て捨てられたのではなく、阿弥陀仏の本願であるお念仏に加える行として、持戒など他の行を勧められた書状をひもとき、法然上人とお弟子たちは称名と持戒二門の教えを堅くまもり、今日に伝えてくださったことをお話しされました。今日に生きる我々も自らを律しながらお念仏の教えを伝えていかなければならない、と思いました。
閉会式では浄土門主・伊藤唯眞猊下からご垂示を頂戴し、日頃そして昨年の震災における浄青会員の活躍に感謝するとのお言葉を頂戴しました。
続いて貴田理事長から二年間の協力を感謝する挨拶があり、永目全浄監事から「この研修会で学んだことを今後に活かしていただきたい」との総評がありました。
そして貴田理事長から、受講者代表として次期全浄理事長をつとめる寺井北海道ブロック浄青理事長へ修了証が、あたかも次期へのバトンタッチのように手渡されました。
続いて、寺井次期理事長から8月に札幌で行われる全国大会のPRを兼ねた挨拶がありました。北海道から全浄理事長が出るのは初めてのことだそうです。最後に加用副理事長の閉会宣言で閉会となりました。
これで今期(全浄第21期)の全浄の行事は全て終わりました。今期の全浄は震災を経験し、これまでになく困難な2年間だったと思います。貴田理事長はじめ全浄執行部の皆さんの感慨はこれまでになく深いのではないでしょうか。お疲れ様でした。
神浄青第20期会長 當間伸行
「お念仏とともに」
水曜日, 2月 15th, 2012 Posted in 今月の言葉(掲示伝導) | コメントは受け付けていません。早いもので、東日本大震災から1年を迎えようとしています。
多くの方々が被災され、多くの人が命の尊さや無常観に改めて気づかされた出来事でした。
法然上人が開宗された時代は多くの人々が天災事変や疫病の流行などに苦しみ、救いを求めていました。それまでの仏教は世の中のすべての人が修行を積み、悟りに至るものと考えられていました。「すべての人の救い」が救われていないのが現実であったなか、一心専念阿弥陀名号「ただひたすら阿弥陀仏を念じてその名号を称えれば、どんな人でも阿弥陀仏によって極楽浄土に救いとられる。あれこれ考えずに、ただひたすら念仏を称えて本願力におまかせすればいい」というお念仏のみ教えを法然上人は示されました。
現代も多くの災害や危機がある末法の時代(釈尊の教えが時代とともに力を失い、ついには人々を救うことができなる時代がくる時代)と言われます。この苦しい時代だからこそ、お念仏の御教えを信じ行じ、共々に「南無阿弥陀佛」とお念佛を称える日々を送りましょう。
小田原組 城前寺 皆川演亮






















